米国人「酒・サムライ」が震災復興に助太刀

https://www.youtube.com/watch?v=8Ak2dXFa5Rk
:映画「カンパイ!世界が恋する日本酒」予告編
見ると、参考になるよ。

米国人サケ・サムライが震災復興に大活躍
2015/9/15 NHKニュースから ワイン、地ビールとアルコール飲料の好みを広げてきた米国人が、
今度は若者を中心に日本酒に手を伸ばし始めた。日本人の酒離れを
横目に、昨年の米国向け日本酒輸出量は2000年の約4倍と、
過去最高に。その仕掛け人が「サケ・サムライ」の異名をとる
ジョン・ゴントナーさん(50)だ。
日本酒の伝道師は大震災の被災地、東北の酒を売り込む
復興の助っ人でもある。


日本人以上に日本酒の心を理解するジョン・ゴントナーさん
「世界に誇れる文化」の自負
「『サケ・ソムリエ』なんて言うんじゃないよ。サケは日本のものだ。
ワインの世界から言葉を借りてくる必要がどこにある?」。
 江戸っ子ですか、と思わず突っ込みを入れたくなる流暢な日本語で
日本酒への熱い思いを語るゴントナーさんは、
オハイオ州クリーブランド出身で現在は鎌倉に住むアメリカ人だ。
新劇の元女優、麻由子さん(41)と結婚し、二児の父でもある。
 酒の神さまに見込まれたのだろう。電子エンジニアとして日本で仕事
をするうちに、英字新聞「The Japan Times」に日本酒コラムを
掲載するようになり、とうとう「酒伝道師の人生を目指す」
と仕事を辞めてしまった。
 06年に、日本酒造青年協議会から歌手の加藤登紀子さんと一緒に
「酒サムライ」に選ばれた。
ここ10年余り、ニューヨークやサンフランシスコなど米国の大都市
と日本を行き来しながら、
アメリカに日本酒文化の種をまいてきた。

酒が招いた誤解
 その動きはくしくも、アメリカ人の「日本酒観」が
劇的に変わる時期と重なった。
 アメリカ人は長年、日本食レストランで出される箱ザケといわれる
酒を熱燗にして飲むことが多かった。
 ところが近ごろは寿司ブームの助けもあり、良質の冷酒や
蔵元直送の日本酒が市場に出回るようになった。
刺激臭がしてまずい」から「飲みやすくて、おいしい」へ。
この風を真っ先にとらえたのがゴントナーさん、というわけだ。
  「酒オタク」も育ち、ミネソタ州などでメイド・イン・アメリカ
地酒造りを始める米国人も増えてきた。
ゴントナーさんの講習会。利き酒に臨む受講生は真剣な表情だ
 この夏、日本酒の普及ではニューヨークに比べ3~5年
遅れているという
米中西部シカゴで初めて3日間の講座「Sake Professional Course
(酒専門家養成コース)」を開いた。
 蓋を開ければ、州外からも申し込みが殺到、特に宣伝を
したわけでもないのにあっという間に定員に達した。
受講料800ドルというセミナーをのぞくと、
まるで大学の講義のよう。
聞き入る約60人の受講者は真剣そのものだ。

  業界で一目置かれる“卒業生”
 会場はシカゴのダウンタウンの西にある酒類卸売会社
 「テンジン」の会議室。
 参加者の7割以上はワインなどを取り扱う酒類販売会社や
日本食レストランの従業員、ワインのソムリエなど、
いわゆる業界のプロ。残りは自宅でビールを醸造する
「ビールお宅」や日本酒好きのアメリカ人だ。

授業では「蔵元」「純米吟醸」などの単語がぽんぽん飛び出る
 「Junmai Ginjyo」「Kuramoto」「Koji」という日本語が
ゴントナーさんの口からポンポン飛び出す。
日本酒の製造法、コメや酵母の種類、地域性、水質、歴史など
日本人でも説明できる人は少ないと思える内容だ。
 受講者は最終日の試験に合格すれば、研修内容を理解したと証明する
「修了証書」がもらえる。
 業界関係者の話によると、どうやらこの「証書」は酒類業界では
立派な資格とみなされ、就職に有利になるらしい。
 受講生のレベルも半端ではなく「日本での酒のラベル表示は
どうなっているのか」「米国内の日本酒製造業者は日本の規制
に準じる必要があるのか」といった“プロ”な質問が相次ぐ。

■米中西部に広がるフロンティア
 アメリカ人経営のシカゴの日本食レストラン「ユニオン・スシ」から
派遣された飲料部門責任者ピーター・キムさんは
「知識が売り上げにつながる」と、セミナー参加の理由を話す。
 オーナーをはじめ、店の同僚がニューヨークや日本でゴントナーさん
の講義を受け、日本酒の売り上げが記録的に伸びたという。
「一本90ドルの日本酒をお客様に勧めるのに、知識なしでは売れない」
(キムさん)。
 シカゴのレストラン「ARAMI」を経営する日系アメリカ人の
トロイ・フジムラさんも従業員を連れて参加した。
 「シカゴなど中西部で酒は今後大きく伸びる」(トロイさん)
と酒ブームの到来を予測する。


 ミシガン州がビール製造に必要なホップの主産地ということもあり、
米中西部は地ビール作りが盛んだ。そのビールの製造法が酒と
似ており、ビール愛好家に受け入れられやすいとフジムラさんはにらむ。
 また製造業が盛んだった中西部はモノ作り、職人に対して意識が高く、
日本酒の高い品質、職人技を理解する素地がある。トロイさんは
レストランの売上増を目指して酒メニュー作りに知恵を絞る毎日だ。
 「カナダからも7人ほど参加している」と話すのはトロントで
ワイン・ソムリエとして活躍するジェームス・ポラックさん。
 カナダのプロ・ソムリエ協会の会員で、トロントで一人しかいない
日本酒クラスの講師でもある。
 ゴントナーさんがカナダ政府主催のイベントに講師として招かれた
時に知り合った。
 日本食が好きで酒に興味を持ち始めたというジェームスさんは
「ビール、ワインとは違う新しいユニークな味を経験できるのが魅力」
と語り、カナダで日本酒を広げていくと意気込む。
 ワイン業界も日本酒に注目している。
 ヴァージニアのワイン輸出入会社「ケセラ・ピエ・エ・フィス」
から5人がセミナーに参加していた。
 そのうちのフランシス・フィスさんはソムリエの最高峰といわれる
マスター・ソムリエ。ワインの権威まで乗り出したところに
力の入れようがわかる。
 「世界を旅する人々が増え、嗜好が国際化するなか、消費者は
常に新しいものを求めている」と、
ワインより目新しさがある点を評価する。
 卸売業者として販売店に酒を売り込むためにはワインと同様、
知識が不可欠だ。今回の受講成果はセールストークに生かされ、
酒の拡販につながっていくという。
 それにしてもなぜ、ゴントナーさんの元にこれだけの人が
集まってくるのか。
世界に誇れる酒との信念は揺らがない
 「アメリカ人が知りたいことは日本人と違うんです。
 ジョン(ゴントナーさん)はアメリカ人が知りたがっている
ことのツボを知っています」と話すのはゴントナーさんの
ビジネス・パートナーでもある妻の麻由子さん。
 ゴントナーさんが1998年に仕事を辞めると言ったときも
「あ、そう。いいんじゃない、何とか食えるわよ」
と答えた太っ腹の女性だ。
 麻由子さんによると、日本人は酒のことなら何でも知っていると
思いがちだが、そこに実はミスマッチが生じるのだとか。
 確かに、日本人にとって日本酒は身近な存在で「知ったつもり」
でいるものの、実際にアメリカ人に説明しろといわれれば困る人
が多いのではないか。
 英語の酒専門書が少ないなか、ゴントナーさんの英語の著書「Sake Handbook」が米国の酒業界関係者のバイブル的存在に
なっているのもうなずける。
 米国には今まで講義を受けた「弟子」たちが数百人いる。
 彼らは販売店、輸入業者、小売店、酒蔵オーナーとして活躍し、
伝道師の道を行く。「ジョンはアメリカの酒グルー(導師)」。
大切なビジネスパートナーでもある妻、
麻由子さんが利き酒の準備をする
 こう話すのはミネソタ州ミネアポリスで08年に米国で初めて
自家醸造の地酒を出す居酒屋「モトアイ」をオープンした
ブレイク・リチャードソンさん(42歳)。
ゴントナーさんの初期の弟子だ。
 06年にミネアポリスで日本酒の醸造を始めるため、
セミナーに参加した。
 当時はまだ日本に住む米国人のためのセミナーで、
日本でのみ開催されていたために、日本に行くしかなかったという。
 ブレイクさんはその後、従業員に酒教育を行うとともに、
ゴントナーさんのクラスに従業員を送っている。

異境に根付くか、酒造り

 ブレイクさんによると、全米には10弱の日本酒の醸造拠点がある。
うち半数以上の「Sakagura(酒蔵)」がゴントナーさんの
弟子たちによるものだ。
 ブレイクさんの元には、地元で酒造りを始めたい、という
アメリカ人が他州からも相談に訪れ「今後も増えるのは確実だ」
(ブレイクさん)。
 「酒の歴史は米国人が好む優れたストーリー性をもち、
将来はワイン並みに飲まれる」とブレイクさんは信じる。
 ニューヨークっ子を相手に酒啓蒙に励んでいる弟子もいる。
ニューヨークで最初の日本酒専門店「SAKAYA」を07年に
オープンしたリック・スミスさんと妻のヒロコさんだ。
 開店にあたりゴントナーさんに師事し、今では家族ぐるみの
付き合いという。
 SAKAYAはニューヨーク・タイムス紙にも取り上げられた地元の
名物店に育ち、週一回「Sake Tasting(試飲会)」を開き、
日本酒について教える地道な努力を続けている。
 シカゴの受講者の打ち上げは、ユニオン・スシの2階にある
酒・バーで行われた。
 彼の昔の弟子たちも駆け付け、和気あいあいの雰囲気のなか、
業界の情報交換や人脈作りにも忙しい。

全土に飛び立つ弟子たち
 今回受講した新弟子たちも、酒のエキスパートとして飛び立ち、
 日本酒ブームの下地作りに一役買うことになる。ブームが本格化
すれば、逆輸入で日本人も酒や酒造りの文化を見直すかもしれない。
 人生で楽しいことは?と聞いた。「子供たちと過ごすこと、
蔵元と新しい酒について話しているのが一番楽しい」という。
 日本酒への思いは語り尽くせない
 日本語が上手になりたいと、ボールペン習字の通信講座を
毎日20分きっちり続けたと妻が明かすように真面目な
職人肌が蔵元にも伝わるのだろう。
 日本の酒蔵はほぼ全部回ったというゴントナーさんに蔵元たちの
信頼も厚く、新しく開発した酒をまず試してもらう。
 「サケ・ソムリエになると就職にプラスでしょうか?」と若い女性
からの質問に「いや、ダメでしょう」と答えたゴントナーさん。
 商売は得意ではない、と本人も認める。酒の伝道師は、
実は消えつつある酒の文化を守ることを
使命としているのかもしれない。

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